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「あ、ここだな」
それは突然訪れた。
「おーいアーサー、いるんだろう?出てきなよ!」
やって来たのはアルフレッドで、菊の家の周りにある低い垣根をひょいと跳び越えてすたすたと歩いて行く。
「…あの、そこ畑なので踏まないでいただけますか」
「ん?ああ、ごめんよ」
平然と敷地に侵入り込んだアルフレッドを、始めは放っておいたが見兼ねた菊が言う。
アルフレッドは慌てて位置をずらし――しげしげと菊をみた。
「ふぅん…君がアーサーの餌かい?なんか貧弱そうだなぁ」
「なんですか突然、」
「アル!」
ばた。
ばたばた。
アーサーが家の中から慌てたように飛び出てくる。
「や、久し振りアーサー」
「おま、どうして」
「別に理由はないぞ!というかアーサー君痩せてないかい?これ君の餌だろ?」
「ばっか菊の血は飲み始めたらとまんねぇんだよ…それにお前と違って菊は繊細なんだからそうガブガブ飲めるか!」
「えーでも食べなきゃ死んじゃうじゃないか!普段なに食べてるんだい?」
「何って…普通に野菜とか」
「植物エナジーだけ!?信じられない!」
「意外といける!」
飛び出てきたアーサーとアルフレッドのぽんぽんと弾むような会話に菊は呆然とするしかない。
調子好く話しているせいで割り込もうにも割り込めないのだ。
「なんて言うかだなぁ、とろけるように甘いっつーか」
「うーん、アーサーの説明は相変わらず分かりにくいな!」
「お前の理解力がないんだよ!」
「あはは」
「笑うな!」
しばらくそんな調子で言い合い(というかアーサーが一方的に怒鳴っている)を続け、アーサーが息切れをし始めてからアルフレッドがあっけらかんと言った。
「おなか空いたな!ねぇアーサーなんかないかい?」
「お…おーまーえーはー…!」
「ねぇ、えーと君、名前は?俺はアルフレッド!おなか空いたんだけど何かないかい?」
「あ、菊です。何か…昨日の芋の煮っ転がしならありますけど。食べられない物は?」
「なんでも好きだぞ!」
「いいことですね」
「でもできれば肉がいいな!」
「肉ですか…」
「悪い、菊」
「構いませんよ」
アーサーのことなどまったく気にせずアルフレッドが菊に話しかける。
菊は呆れたような表情を見せながらも頷きを返した。
「こいつ、肉食なんだ…しかも大食らいで…」
「はぁ…この間猪を仕留めたばかりですからお肉はありますが」
「シシ?イノシシだよね?」
「そうですよ」
「ワォ!菊が仕留めたのかい?凄いじゃないかこんなに細くて小さいのに!」
「失礼ですよ」
それくらいは罠を仕掛ければできますとも。さらりと言った菊に顔を輝かせてアルフレッドが尋ねた。
「凄いな!菊はヤマンバってやつなのかい?」
「………私は、男ですっ!」
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「あー美味しかったー!アーサーと違って菊は料理上手だな!」
「…疲れました…本当によく食べましたねあなた…」
「お疲れ菊。茶、淹れるか?」
「お願いできますか」
「おう」
たすたす、アーサーが台所に歩いて行く。
その足取りに澱みがないのを見てアルフレッドがつぶやいた。
「ずいぶん慣れてるんだな、アーサー」
「ええまぁ。そういえば…あなたはアーサーさんとどのようなご関係で?」
「俺とアーサー?…そうだな、アーサーは俺を育ててくれたよ。善し悪しはともかくアーサーは俺に色んなことを教えてくれたりくれなかったりした。その代わり俺は彼に血をあげてたんだけどね」
「血を、ですか」
菊は訝しげに目を細めたが、まるで気付かずにアルフレッドはカラカラと笑う。
「有り余ってたからな!人間から貰うこともあったみたいけどさ。ワーウルフとヴァンパイアは何ていうか、共存、してたんだ」
そうしてどこか懐かしむように目を細めて、俺は首からは吸われなかったな、とこぼした。
対する菊の首筋には至極うっすらとではあるが牙の後がある。
「アーサーが首から吸うなんて、菊の血はよっぽど美味しいんだな。…肉も、美味しいのかな?」
「……さぁ、自分の肉は食べたことはありませんからね」
「いいなぁ、菊は本当にいい匂いがする。わかるかい?どれだけ君が食べたくなるような匂いをしているか。…きっと、力があふれるような味をしてるんだろうな」
「…食べないでくださいよ」
「食べないよ。食べたら俺がアーサーに殺されるだろうからね」
そう言ってにぃ、と笑ったアルフレッドの歯が思いの他鋭いのを目にして、菊が座ったままじりじりと離れようとする。
それを不思議そうに見て、アルフレッドがふと顔を上げた。
「…何してるんだ?菊」
す、襖を滑らせてアーサーが入ってくる。
微妙な顔でアルフレッドと距離を取る菊に声を掛けた。
「わ。アーサーさん…いえ、特に何と言うわけでは」
「そうか?ほら」
「ありがとうございます」
湯呑みを受け取って、ほぅと菊が息を吐く。
それを横目で見て、アルフレッドにも同じように湯呑みを渡した。
「で、なんでここに?」
「ん?あちち」
「…火傷しないように気をつけてくださいね」
「うん、…苦ッ!砂糖ないのかい?」
「入れません」
「ちぇー…あ、そうそうアーサー、君ここ最近の事情とか知らないだろ?久し振りに君が起きたみたいだったから教えてあげに来たんだよ!」
「むかつく言い方だが有り難いと言えば有り難いな…」
「あの」
話を始めようとしたところで菊がすっと手を挙げた。
「なんだ?菊」
「私、席を外しましょうか?というか、アルフレッドさんが泊まっていかれるならお布団とか用意しないと…」
「泊まるぞ!」
「…だそうだ、頼む菊」
「はい」
苦笑いをして立ち上がり、どこにしまったんでしたっけ、とつぶやきながらぱたりと菊は襖を締めた。
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