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プロイセンは困惑していた。
困惑は困り惑っていると書く。
彼はその字面のとおり困っていて、その上戸惑っていた。
理由はひとりの少女。
(しかしだ)
リヒテンシュタイン――リヒテンシュタイン候国。
永世中立国。
細かいところは省くが、少女である。
絹を思わせる金の髪と、森のみどりの目を持つ少女。
(俺はもっとこう、出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでる女が好きだったはずだ)
好きというか、好みというか。
プロイセンのこれまでの好みからは、リヒテンシュタインは大きく外れている。
けれども気になるのだ。
視界に入れば目で追ってしまう。
風に揺れる髪やしぐさをふと思い出して上の空になってしまう。
どうしたものかと年長者でありかつての教え子でもあった日本に相談してみたの、だが。
「なぁ、日本、俺はこの場合何がしたいんだろうな?」
「はぁ、プロイセンさん、それはどう考えても恋ではありませんか?」
「恋かー…恋なー…」
恋なんてもうずっとした覚えがない。
溜め息を吐きながらプロイセンはごとりと頭をテーブルに乗せる。
「とゆーかですねプロイセンさん、」
「あ?」
「リヒテンシュタインさんですよ?リヒテンシュタインさん」
「…それがどうかしたのか?」
「美少女じゃないですか。その恋は必然ですよ」
「ロリコンだなお前」
「違います」
「美少女って…」
「『ちひさきものはみなうつくし』と言うだけですよ。リヒテンシュタインさんって1700年くらいの生まれでしょう?つい最近じゃないですか」
「俺が国になったのもその辺りだけどな。つーかなんだその、ちいさき…」
「『ちひさきものはみなうつくし』。小さいものはみんな可愛いなぁってことですよ」
「へ…へぇ…」
「引かないでくださいよ。子供可愛いじゃないですか」
ふう、日本も溜め息をひとつ吐く。
「というか――プロイセンさんはこれが恋ではないと言い切る自信がおありなんですか?」
「う」
「目で追ってしまう、なんて。上の空になってしまう、なんて。それはもう、憎からずでなくしてなんだと言うのですか」
「…お前の言うことはいまいち分かりにくい」
「……ま、あなたがどう思ってらっしゃるかですね」
「どう、ねぇ………好き、なんだろうな」
「なんだろう、ですか」
くすりと意地悪な笑みをこぼした日本にプロイセンは頭をがしがしと掻いて返す。
そうしてがたんと立ち上がった。
「ちょっと走ってくる!」
「おや、気持ちの整理はついたんですか?」
「俺は…あいつが好きだ。まぁまだ言う気はないけどな、覚悟決めたら落としてやる」
「…あなたらしい」
「おう。うじうじ悩むのは俺らしくなかった」
不敵に笑ってばたばたと足音高くプロイセンが出て行く。
彼にとっての『走る』はつまり『バイクで走る』ということなるのできっと例のおんぼろバイクで出かけるのだろう。
「まったく…最後にきっちり告白していきましたねあの人は…それで」
日本がきょろり、細く開いた扉に目を向ける。
「あなたはどうなさるんです?」
そこに立っていたのは、顔を真っ赤にほてらせたリヒテンシュタインだった。
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